【うまくやらなきゃ呪縛】揺れながらでいい/“その時の私の選択”が正解になる

みなさん、こんにちは。harachanです🌷


今日は、最近の気づきをひとつシェアしたいなと思います。

趣味でイラストを描く中で、「あ、こういう感覚でいいんだ」と腑に落ちた瞬間があったんです。

揺れながらでもいい。白黒つけず、その時々の“今の私の軸”で進んでいけばいい。

今日は、そんな感覚についてのお話です◎


イラストをうまく描こうとすると筆が止まる理由


私、先述した通り、イラストを描くことが趣味で、

たまに描いて、インスタに載せてるんですが、

最近やたら描くのが楽しくて、無心で描いてる時があるんですね。


でも、その逆で、全然筆がのらない日もあって。


この違いってなんなんだろう?って考えたんですが、

うまく描こうとしている時ほど、筆が進まないんだなということに最近気づきました。


もちろん、純粋に体力・気力が追いついていない時もあります。

でも、そうじゃない時は、9割9分うまく描こうとしているから描けないんだろうなと思います。


で、それはこのエッセイにも通ずる部分があって、

同じくびっくりするぐらい筆がのらない時ってあるんですよ。


そういう時って大体「いいこと書かなきゃ!」って気負ってる時、なんですよね。


まさに最近、エッセイの方でそういうモードになっていて。

やっとそのモードから抜け出せそう…!なところに、今います。笑

好きで始めたはずなのに、苦しくなる瞬間


イラストを描くのも、エッセイ(すなわち文章)を描くのも、

当たり前ですが、元々は「好き」から始まっていて。


でもやっぱり見られることを意識し始めると、

「うまく描かなきゃ」って思うんですよね。


そうなるとびっくりするぐらい、スランプに陥る。

こういう経験って、発信している人や、何かを創造するようなお仕事の人は何回も経験しているんじゃないかなと思います。


私の場合、イラストなんかは特に、もっともっと軽い気持ちで始めたんですよ。

一筆がきでサラッと、自分が好きなイラストを描く。描きたいものを描く。


それを「かわいい!」と言ってくれる人が身の回りにいてくれたので、

じゃあせっかくなら!と思って、インスタグラムに残していくようになったんですね。


でも、いつからか「うまく描くこと」「他人からの高評価が得られそうなもの」というところが必須事項になっていて。それが苦しかったんですよね。

評価される世界で、絵が苦手になったあの頃


今思い返せば、私は絵を描くことが幼稚園の時から大好きで、

小学生の時もずっと自由帳を持って、何かしらのイラストを描いてました。


それが、中学校に上がって、美術の授業になった途端、急に苦手になったんです。


なぜか。


先生に良い悪いを評価されるから、ですね。


もちろん上には上がいるもんで、とんでもなく絵が上手い子とか、綺麗にデザインする子とかいるじゃないですか。


そういう子が近くにいて、先生に褒められているのを見ると、

自分の描くものがなんかみすぼらしく思えてしまう。


実際、そんな状態で描くもんだから、先生からも評価はもらえず、

「もっとこうしたほうがいいよ」とアドバイスをもらうばかり。


なんかその時期から、「絵を描くこと=苦手なこと」になってましたね。

大人になっても襲ってくる“うまく描かなきゃ”の呪縛


そこから大人になって、こうしてまた絵を描くことが楽しい!と感じて、イラストを描き始めたわけですが、また私は「うまく描かなきゃ呪縛」に取り憑かれていたようです。


でもこれって、大人の世界では、絶対に誰しもが通る道、ですよね。


商売とかってなると、やっぱり他人から求められるものを作らないと売れないというのが、現実的なところとしてありますし、


自分の好きなことを好きなようにしているだけじゃダメ、もっと現実的に分析をしたり、マーケティングをしたり、しないといけない、なんてことも多いと思います。


私だって、趣味でやってるとはいえ、やっぱり自分が描いたイラストをグッズとして販売したり、何かお仕事をもらったりしたいですもん。


だからこそ「うまく描かなきゃ呪縛」に取り憑かれていたんですよね。

グッズとして販売するなら、という体で考えるから、筆が進まない。

白黒じゃなくて、グラデーションで生きる


でもねー、こればっかりは結局「バランス」なんでしょうね。


現実的な側面も見なきゃいけない時もあるけれど、

現実を見すぎたり、本来自分が求めていないであろう野望を抱きすぎて、

本来の方向性から大幅にブレてしまうということもあるだろうし、


逆に感覚に従って、自分の好きなことを好きなだけやり続けた結果、

結局誰の役にも立つことができず、商売にはつながらない。


こうやって二極化していっちゃうと、しんどいんですよね。


どんな事柄でもそうですが、

白か黒かの二元論で考えず、グラデーションで考えること。

そこが重要な気がします。


だから、大人の世界で生きる私たちに必要なのは、

たまに立ち止まって、自分の立ち位置をしっかり見つめる。

そして、自分が向かいたい方向をもう一度しっかり確認する。

その上で、今、必要なことを淡々と続けていく。


なんかある意味それが一番、現実的な気がします。


今私が大事にしたい方向性は、

「描いてて楽しい!という感覚を取り戻してただ楽しむこと」。


余裕が出てきたら、また立ち位置や今後の方向性を確認しながら、

もう少しグッズ化のこと等、商売的な側面も視野に入れていきたいなぁと思います。

大人と子どものあいだにある、やわらかなグラデーション


でも改めて感じたのは、

「無心で楽しむって超最高!!!!!」ってこと。笑


やっぱりそこから生み出されるものって、誰がなんと言おうと、自分の中で輝いてるんですよね。


その輝きって、大人になるにつれて、どんどん薄れていきがちだなぁと思いました。


でも、その輝きが時に自分の心を救ってくれたりするんだから、

輝きを感じる感覚を忘れないようにしないとなぁと強く思いました。


みなさんは最近何か、無心で楽しめたこと、ありますか??

現実も大事ですが、時には子どものような気持ちで楽しむことも大事にしてくださいね◎


そして、大人と子どもの感覚を分けて考えすぎないこと。

二極化ではなく、グラデーション。

大人の視点も持ちつつ、子どものような楽しむ感覚もあっていい。


そして、”今の私の軸”で、一つずつ選択・行動して、進んでいけばいい。


そんなことを頭の片隅に置いてみると、ちょっと心が楽になるんじゃないかなと思います^^

ぜひ、今回のお話が何かのお役に立てますと幸いです☘️




それでは、今日はこんなところで終わろうかと思います。


これからもこんな感じで、”日常の気づき”をゆるっと書いていきます✍️

みなさんの毎日が、ちょっと楽に、身軽になりますように。


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最後までご覧いただきありがとうございました🌼

harachan


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